【障害】私たち親・祖父母、それぞれの受容
こんばんは☆lenoreです。
今日は、発達検査…保育園願書どうする…療育手帳更新…
様々な節目で感じる、私たち親・そして祖父母それぞれの、娘の障害に対する受容について書こうと思います。
いろんなペースがありますよね…😌
私たち親の場合
娘が生まれてから今まで5年間。
現実を見て「おっふ…」となったり…「やっと通じた😭✨」と泣けてきたり…いろんな事がありましたが、
娘の障害について思うのは、正直なところ「仕方がないよね」、これに尽きる気がします。
“仕方がない”っていう言葉を使うとネガティブなイメージを持つ方もいらっしゃると思いますが、
諦めてるとかではなく、むしろ気持ちの方向的にはかなり前向きで、
【生まれた時から、脳が・いろんな仕組みがそうなっている→なら生きやすい方法を見つけようね】
こんな気持ちで毎日ヘロヘロになりつつ過ごしています🏃🏻♀️
おそらく待ったなしの育児・介助の中で自然に湧いてきた感情な気がします。
「あっちかな?こっちの方が良いかな?」と試行錯誤しながら、
少しずつ自分の中で折り合いをつけて、目の前のことをひとつずつ必死にやってきた…
そんな感じにも近いかも🤔
あと、独身時代に独学で保育士国家試験を受けた時に、
試験勉強したり参考になる本を読んだりしたことも影響があったと思います📖✨
無事合格しましたが、保育士になるためじゃなくて、何年後かに娘を育てるためにあの時資格を取ったんじゃないかって位です😂
祖父母の場合
私自身母子家庭で育ち、母親はもう随分前に亡くなっているので、
娘にとっての祖父母は主人の方の2人のみ(=私にとっては義父母。先に言います、ココ重要です笑😂)。
特に義母さんは長年小学校で働いていた元先生なので、子どもたちの成長に対しとても真摯な方です。
「娘が歩んでいくかもしれない?道をよく知ってる方。いろいろ参考になること聞きたい!」と
特に療育先選びで悩んでいる時に思っていたんですが…話してるとなぜか「🤔?」と感じる時が多かったんです。
普通に世代の違いや性格の違いなどもあると思うけど…好き嫌いとも全く違う感覚…
世にいう嫁姑のやつ?…いや全然違うな…(割と仲良しなので)
どっちかって言うと、話してることの根本・土台が違うような…
始めにそう感じた頃からだいぶ経ってますが、最近私の中でなんとなく分かってきたのは、
「先生として/おばあちゃんとして、義母さんはこの2つの間を行ったり来たりずっと葛藤してるから、たまにこちらが???となるんでは…」
と思ったんです。
「受容も何も…」っていう段階から「一生懸命受容しようとしてくださってる」んじゃないかって。
(学校というものに一切関わりのない仕事をされている義父さんの方が、心配は心配なんだけど、私の話を聞いたりしながらひとつひとつ自分で疑問を解決しようとする→「そんなに考えてるんだね、なら一度やってみなさい」タイプ。意外でした)
葛藤・受容
振り返ってみると私が1番違和感を感じたのは、義母さんが“先生として”話している時だった気がします。
というのも、普通級の先生だったということが大きいのか…
何となく「たくさんの子どもたちの中で揉まれることが1番良い環境でしょ?」的な時がありまして💦
その環境は私も出来ることなら経験させたかったですし、良い環境だと思っています。
(通える範囲に障害に理解のある幼稚園は無し。市の保育園は「加配制度あるけど常には居ないし別のクラスに行ったっきりがある」と言われているので、娘の多動→脱走?のことを考え、療育のみで過ごしています)
でも😲!「娘個人の発達 < クラス全体からの視点・一般的な視点が多いな」と感じてしまうことが…。
言語理解が1番凹で音声のみで指示を聞くのは難しい=理解のためには丁寧な関わりが必要な娘。
彼女について、
●義父母さんに分かりやすいように…
●お二人が過度に心配にならないように…
●診断名やそれがどういうものか…
●「◯◯な時があるけど△△ってことなので□□すると分かりやすいと思います」といった説明を…
●何枚ものルーズリーフに渡って書いて持参で…
●“義父母”さんに、娘の障害についてお話する…
これらの、嫁にとってはハードル高すぎてめまい&胃がぶっ壊れるんじゃないかというようなことを数回に渡って行ってきたのですが…😵😂😭💦
●「保育園へ行ってたくさんの子を見て、真似したり、人のを見れば、出来るようになるんじゃないかな?」
→ん…。娘は人の真似をするという概念がよく分からない・難しいし真似すること自体に興味なくてフイっの頃でした。
●「副担任もいるから多分見ててくれるって(=脱走をそこまで心配することないって)」
→かなり気を遣ってオブラートに包みつつ、娘についての事実を話したし書いたし、普段の超多動の様子も見てたんだけどな…。
●「娘ちゃんのは、何か薬とか飲めば治るやつなんじゃないかなと思う」
→これは言われて1番ビックリ&「受容のまだ前前段階なのかな」と感じた瞬間。こちらも少し辛い。
●「(年中入園も見送った話をしたら)過去に保育園幼稚園無しで小学校入学してきた子で、大きな集団を経験してきてなかったから小学校で二次障害が出た子が居た」
→その子のバックグラウンドも何も分からない。もし同じ診断名だったとしても個々で全く違う。繊細なことが多いので「二次障害の理由はこれのみ!」なんて言えないんじゃないかとも思う(もっと複合的)。もしかして「一般的な道を歩ませたい・一般的な道のほうが絶対に良いのに!」という確信?希望?があるということなのかな…?(=受容の途中)と感じました。「こうこうこういう子が居たけど、こういう対応をして改善していった事例があるよ。小学校ではこんな対応をしたよ。私はそれについてはこう思ったよ」という様な具体的なものだと、すごく参考にしやすいのですが…。
こんな感じで「否定が強めだな=受容にはかなり時間がかかるよなぁ」ということをじわじわと感じていました。
まぁそりゃそうですよね、“おばあちゃんとして”見たら、可愛い孫だし。
心配が10割増しになるのも、すごく分かります。
受容の変化
↑この、揺らぎがもっと強かった時から1年~1年半ほど経っている現在は、
●「…そうなんだ…でも娘ちゃんに合った環境が一番いいんだよね、いいんだよね…」
→自分に言い聞かせるように😌
●「(睡眠障害に処方してもらったメラトベルの話をしたら)…良い薬?!何?あぁクリニックで…?そうなんだ…でも睡眠お母さん的にも大変だったのが改善して…本人にもいいんだよね…」
→「薬で治るものな気がする」とまで自分で言ってたのに、「処方薬」という言葉に過剰に反応😂💦 これこそ葛藤なんだろうな…。「本人もよく眠れて、日中の情緒の安定のためにも良いんですよ」ということを説明しました。
…こんな感じで、時間の経過とともに少しずつ受け入れようとしてくださってるんだなと感じています。
申し訳ないような、ありがたいような、不思議な気持ちです。
受容にはそれぞれのペースがあると思うので、
娘の凹なとこもしっかり把握しつつ、凸は目一杯伸ばしながら、
一緒に娘を見守っていきたいと思います😌✨😊
(「配偶者のお父さんお母さんに、娘の障害を説明する」ってなかなかパンチ効いた&胃キリキリの空間でしたが、例えば「受容を拒否気味な配偶者本人に少しでも分かってもらうために説明する」というのも大変なんだろうな…。みなさん胃が壊れない程度に適度に頑張りましょうね😭🍰☕)
読んでいただきありがとうございました☆